毎年8月15日の終戦記念日に甲子園でも黙祷が行われています。テレビの中継で、甲子園球児や、監督、観客のすべてが起立し黙祷している姿を見た経験があるのではないでしょうか。
甲子園の黙祷はいつから行われるようになったのか、その理由を説明します。
甲子園での黙祷はいつから?
甲子園では試合の途中でも、正午になるとサイレンがなり、1分間の黙祷が行われています。甲子園での恒例行事として知られており、終戦記念日であることを思い出す人もいるのではないでしょうか。
そもそも甲子園で黙祷が行われるようになったのは、1963年の第45回全国選手権大会がきっかけです。
甲子園で黙祷をする理由
甲子園で黙祷をしているのは、野球人として大切にしておきたい思いが詰まっています。
昭和16年から高校野球は中止になっている(学徒動員)
戦争が激化した昭和16年(1941年)から高校野球はもちろん、夏の全国大会が中止となりました。学徒動員で地元を離れた人も少なくありません。
その後、戦争が終わった翌年の1946年に夏の全国大会が復活した経緯があります。
当時、甲子園球場はGHQの接収対象になっていたこともあり、西宮球場にて復活開催となりました。当時は野球が日常に戻ってきたといっても物資不足で必要な道具もそろわない状態だったそうです。
壊れた道具を再利用する、自作しながら野球のプレーをしていました。食事もままならない状態で、先人の苦労があったからこそ、野球が続けられたのです。
今野球ができることに感謝する気持ち
甲子園の黙祷は、今平和な時代となり思いっきり野球ができることに関しての感謝する気持ちの表れでもあります。戦争で亡くなった人に対し哀悼の意を示すことでもあります。
戦争で亡くなった野球人は少なくありません。
東京ドームのなかにある野球殿堂博物館のなかには、戦没野球人モニュメントが刻まれており、たくさんの犠牲者がでたことがわかります。高校球児はもちろん、プロ野球選手が亡くなるなど甚大な被害がでたのです。今があることに感謝する思いがあるからこそ、甲子園の黙祷は欠かせないものとなっています。
まとめ
甲子園で終戦記念日に黙祷をすることは知っていても、その意味について知らない人も多いのではないでしょうか。試合の中で会場にいるすべての人が立ち、黙祷を捧げる姿は、平和な時代だからこそできることです。
甲子園や野球人にとっても戦争の影響は大きく忘れてはいけないことであると、改めて気付かせてくれるはずです。
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